期間限定? 実況中継
新刊洪水の中で
出版後の胃に穴が開きそうな日々について

@ 本を書店で販売することが困難な時代
最初から読む
2004年9月末日に拙著は、仕事場近くの「ジュンク堂書店」に並んだ。
 「面」(棚に表紙が見えるように置く方法)で9冊か10冊。きっと20年前の私なら飛び上がって喜んだだろう。今回の作品、一時は、本当に原稿が書籍化されるのか不安でならない時期もあっただけに、書店に並んだだけでも喜ぶべきことだろう。しかし、心は重い。
 周囲に並ぶ書籍の数。圧倒され、めまいがしてしまうほどだ。この本の中で、1〜2か月のうちに生き残るための切符を手に入れなければならないのだ。
 同じ日に産声をあげた書籍は280タイトル。秋は日に300タイトルを超す新刊が出ることも珍しくない。新刊発行量は20年前の3倍。本を出版するという行為は簡単になったものの、そのぶん新刊洪水で溺れてしまう確率は高くなった。
 書店環境も、この十数年で激変した。1か月に消えていく書店は全国で100店。「街の本屋さん」はどんどん消えていくものの、「売場総面積」は横ばいか増える傾向すらあるという。つまり、「メガ書店化」。仕事場近くの「ジュンク堂」も売り場面積は、20年前の4〜5倍になった。倉庫のような「メガ書店」。お目当ての本があるときには非常に便利なのだが、少なくとも私にとっては、なんとはなしに書店に散歩に行って、素敵な本と意外な出会いをするにはハードな環境になったといえる。
 学校の帰り道にあったような教室の1〜2倍くらいの大きさの書店。決して広すぎないスペースに、音楽もスポーツも写真も文芸もが置かれていた。音楽の本を探しに行ったのに素敵な文芸書に出合ったり、Hな写真集を求めに行ったのに優れたノンフィクション作品に巡り合えたり……。そんな書店では、本との出合いの機会にあふれていたような気がする。今は、旅行書だけで、小さな書店ができてしまうような量がある。写真集や音楽関係の本は違う階だ。
 いくら「面」で置かれたといえ、このような環境では、無名の著者の無評価の本が1冊1冊じわじわと売れていくなんてことなんてありえない。つまり、中小の書店で中堅出版社の「常備書」が健闘していた時代には、私のような無名な著者の無評価な本も生き延びる可能性もあったが、メガ書店の「すべてが常備書」のような環境では、私のような無名の著者の無評価の作品は埋もれて息が絶えるのを待つだけでけである。
 憂鬱だ。