体験編

私が 「共同出版」 を断った理由
(「共同出版 初級講座」を読む)
 2002年秋、仕事の合い間を縫って書いていた原稿『会社を休んで59日で世界一周』が完成した。タイトルの通り、仕事を放り出して鉄道を使い59日間で世界一周した紀行文だ。左ページに1枚のカラー写真、右ページに1章33文字×28行の統一文字数完結による、97枚の写真と97章の物語が見開きで展開する写文集の形に仕上げた。
 私はこれまでに「秋元書房」(82年)、「大和書房」(85年)、「泰流社」(88年)、「女子パウロ会」(95年)、「17出版」(98年)から単行本を出版してきた。最初の3作は持込原稿からの出版。女子パウロ会からの作品は共著だ。
 さまざまなタイプの出版社から本を出版してきて、いろいろと勉強になった。前作の17出版からの出版は4刷も完売間近で、決して失敗ではなかった。しかし、今回の作品は大手出版社(初版7000部クラス)、または、常備率や配本力の良い中堅の出版社(初版5000〜3000部クラス)のみを狙おうと考えた。理由は以下の通りである。
@出版界の現状(新刊洪水)や本の内容(類書の多い紀行文というジャンル)から考えて、スタートダッシュの必要性がある。ゆえに、新刊配本力の強い出版社が良い。
A初版部数が多いため書籍が求め易い価格になる。
逆に、中小の出版社(初版3000〜2000部クラス)を避けた理由は、
Bカラー写真と文章が見開きで展開するというオリジナル・スタイルは全ページカラー印刷になるので、初版2000〜3000部では書店価格が跳ね上がり、内容では合格しても、営業上の問題がクリアできないだろう。
C全ページカラー印刷という非常に贅沢なつくりを現実的な価格にするための変更(写真を割愛、あるいは、写真の一部を白黒にする。または、写真は写真で「折り丁」単位でまとめ集約的に掲載)を要求される可能性が高い。それを考えると、出版経歴につながる大手からの出版の代償ということで作品のオリジナル・スタイルが失われるという方がまだ納得がいく。
 
 私のような無名のライターの場合、編集では○が出ても、営業で×となることが多い。理由は、大手出版社の場合、初版部数が多いため、さばけない。小出版社の場合は、初版部数が少ないので書籍価格が上がり販売が困難になるからだ。これは2作目を売り込んで歩いた時に痛感させられたことだ。とりあえず大手出版社・有力出版社30社に持ち込む計画を立てた。一般的に「持込原稿お断り」と思われがちだが、持ち込み計画を立てた出版社の8割以上は快く持込原稿を受け付けてくれ、半数以上の出版社からは非常に丁寧なコメントをもらった。持ち込み30社という目標数字は、2作目が約30社目で出版が決まったからだ。ちなみに、1作目と3作目は持ち込み1社目で決まった。たしかに、以前に比べると持ち込みが難しくなってきているというのは事実。持ち込みを問い合わせたある出版社の編集者に「あまりの持込原稿の多さのため、最近、会社の方針として持込一切不可となりました。ただ、これには編集部内で疑問を感じている人間も少なくありません。具体的な方法はお教えできませんが、『裏道』がないわけではありません。お考えください」と言われたこともある。
 
 30社のうちのひとつ「文藝春秋」(社)への持ち込み方法を考えるために、月刊誌『文藝春秋』に目を通していた。その時見つけたのが「第■■回○○社出版賞」という広告である。○○社の名前は「共同出版」の会社として知ってはいた。これまでに本を出版し苦戦してきた私からすると、新聞で見る共同出版系の「あなたの本がベストセラーに」なんて広告コピーや、共同出版系の出版社のネーミング自体の胡散臭さからして論外の存在だった。しかし、『文藝春秋』誌上での広告。そして、「第■■回」という数字。これを見て「共同出版系の会社で賞を受賞して、出版化というのも悪くないか」、「入賞作7点が出版化。1000作品くらいの応募だろうから勝ち目はある」と考えてしまったのだ。
 応募後、「1次審査通過」「2次審査通過」という手紙をもらい内心「楽勝モード」になっていた。そして、それまでバカにしていた共同出版系からの出版もまんざら悪くないかと酔い始めていた。「奨励賞」のような中途半端な賞になり、少額のお金と引き換えに出版権を押さえられてしまったらどうしようかと、勝手な心配まで始めていたのだ。
 
 ところが、結果は「選外」。
 選外になったことよりショックだったのは、応募総数である。
 1000作品くらいだと思っていた応募総数は、5300作品にも上ったのだ。
 これには愕然とした。
 
「(前略)さて、今回ご応募いただいた中野様の作品も、今までの出版物同様、否、それ以上の可能性を感じさせられました。
ノンフィクションというジャンルは身の回りの出来事を自分の視点からつづるエッセイや、自分の今までの人生の辛い体験をひとつひとつ切り取るように語られる自分史のように、作者の伝えたいテーマがより明確に読者に届く分野であります。したがって常に多くの読者層を抱える反面、同じくらい多くの方がチャレンジされる分野でもあるため、その中で“読み物”として我々の心を捉える作品は決して多くはありません。というのも何か特別に光るものがない限り、なかなか記憶に残らないものです。しかしながら中野様の作品は、審査が終わったあとも、私の記憶にしっかり残っております。今までの出版で好評をいただいた作品同様、私の頭にしっかり残っているのです。
ぜひ、私に中野様の作品の出版プロデュースをさせていただきたいと思います。今まで好評いただいた作品同様『共同出版』し、世に問うてみたいと思います。
(中略)時間と距離を越えて多くの読者に読み継がれていく本を出版していきましょう。私は、この作品のプロデューサーとして、本としての付加価値を付け、出版物としての表現を高めるお手伝いをしてまいります(後略)」
という出版プロデューサーのメッセージとともに、別紙には審査員からのメッセージとして
「(前略)この作品は、読む者に刺激を与えるに間違いありません」
という評価が添えられていた。(いずれも原文まま)
 
 そして、数日後には担当の「出版プロデューサー」なる肩書きを持つ女性から営業の電話がかかってきた。
 1か月に何度も新聞で目にする巨大広告「共同出版」の実態の一部だけでも自分の目で確認するために、見積もりを依頼してみた。

「第■■回○○社出版賞 出版企画書」(出版化推薦作)
『会社を休んで59日で世界一周』
(本の仕様)
表紙カバー・帯:カラー
本文:白黒
サイズ:A5判
ページ数:本文208ページ
初版部数:500部(うち50部を著者納品)
   制作分担:著者/原稿作成(完全原稿)・著者校正
○○社/編集・デザイン・制作
※作品のリライト、書き直しをすることもできます。
 
出版企画案@ ハードカバー製本
本の定価:3,500円
通常負担費用340万円 → 第■■回○○社出版賞 特別価格 260万円
 
出版企画案A ソフトカバー製本
本の定価:3,200円
通常負担費用310万円 → 第■■回○○社出版賞 特別価格 240万円
 
金額はいずれも税別(以下も同じ) 実際の表記は2,600,000円という形になっている。
 

疑念@:初版部数500部
 共同出版=自費出版と考えた場合、全ページカラー印刷の実質写真集なので総費用が260万円というのは決して高すぎる金額ではない。しかし、初版部数が500部だと、すべての自著を書店で定価購入しても3,500円×500部=175万円にしかならない。 支払う260万円との差額は何なのだろうか? もし、この作品が話題を呼び、すべてを書店ルートに出荷した場合は約123万円(書店価格の約70%)で、出版社は利益を上げなければいけない。
 ここで2つの考えができる。支払う260万円と書店にすべて流通させた場合の123万円との差額137万円は、
@出版社がぼろ儲けしている。
A売れるはずのない本をつくるための演出。
 「出版社がぼろ儲けしている」のなら、実は、まだ許せるのだ。
 問題なのは「売れるはずのない本をつくるための演出」だった場合だ。
 ○○社の示す3,500円という書店価格は印刷・製本工程に疎い一般の人にとっては一見非常に高そうに見えるかもしれなしが、初版500部という場合、(『会社を休んで59日で世界一周』を全ページカラー印刷で書籍化した場合)実は不自然に安すぎるのだ。

 そこで白々しく質問をしてみた。
私:「500部印刷でハードカバーの場合260万円とありました。定価は3500円のようですが、@3500×500部=175万円です。すべての本を買い込んだときよりも価格が高いのですが、見積りの間違いではないでしょうか? あるいは500部ではなく5000部の間違いでは?」
担当者:「この件ですが、5000部ではなく、500部です。定価というのは、制作費÷部数で算出しているものではないということをご理解いただきたいと思います。まったく、連動してないわけではなく、確かに部数が増えれば、定価も安くすることはできます。しかし、利益や増刷なども加味して、総合的に算出しているものなのです。」(いずれも原文まま)
 
 最近はオンデマンド出版(小部数印刷)の技術も発達してきている。しかし、私の知る範囲では、印刷・製本のコストパフォーマンスする部数は1色刷りは初版2000〜3000部、カラー印刷は3000〜4000部だ。(オンデマンド印刷の場合は、小部数には経済的だが、部数が増えた場合は従来型の印刷の方がコストパフォーマンスが良い)
 以下の表をご覧ください。

初版部数 印刷製本総額 単価原価 設定書籍価格
5,000 1,850,000 370 900〜1300
3,000 1,500,000 500 1,100〜1,700
2,000 1,220,000 610 1,400〜2,000
1,000 970,000 970 2,200〜3,200
500 925,000 1,850 4,100〜6,200
 
 これは本を印刷・製本するときの価格の一例だ。もちろん、印刷会社やページ数、紙質になどによって価格は変動する。ここで見てほしいのは、「部数と総額の関係」。頭の中で「部数」と「総額」のグラフカーブを描いてください。
 500部つくって93万円と1000部つくって97万円だったら、どちらがお得ですか?ということなのだ。
 もし、あなたが出版社の社長で、その本に対して「売る気」があるのなら、1000部、いや2000部つくって、時間をかけて売っていくのでは? 1部あたりの原価でもわかるが、500部と1000部では2倍。500と2000部とでは3倍以上も違う。初版部数は書籍定価決定に大きく関係することは言うまでもないことだ。―――通常出版物の場合、同じようなつくりの本で書籍価格が異なるというのは初版部数の差と考えてよい―――
 初版500部という商業出版書籍も実在する。ただし、これらは、「一般書」というよりは「豪華本」「学術書」というカテゴリーになるのだ。設定書籍価格が示すように、一般の人の感覚からすれば、それらの書籍(小部数印刷の書籍)の書店価格は本の見た目の3〜5倍の定価設定になってくるわけだ。

 もし、『会社を休んで59日で世界一周』をオリジナル・アイデアを維持したまま出版したらどうなるか、17出版でシミュレーションした。
 初版1000部だと、書店価格は7500円にもなる。オールカラー(4色刷り)なので初期投資が1色刷りの数倍(約4倍)するためだ。―――初版500部だと書籍価格はさらに高くなり、見積もり以前の問題―――
 初版2000部だと、書店価格は4000円にまで下がる。これでも現実的な書店価格ではない。
 初版3000部だと、書店価格はどうにか2850円にまで抑えられる。
 初版5000部だと、書店価格は1980円にまで下がるが、現在の出版事情では5000部を売るというのは至難の業だ。また、(カラー印刷なので)増刷1000部の場合2300円となり、初版5000部の書店価格より割高になるので、この場合だと、初版3000部からスタートし、増刷1000部単位で地道に売り続けるのが最良策となる。
 上の表で、設定書籍価格がクロスする部分(初版3000部つくって初版5000部相当の定価設定、初版2000部つくって初版3000部相当の定価設定)は、単価原価が近いので、出版社の努力によって書籍価格を抑えることもできるが、初版500部つくって初版3000部相当の定価設定をした場合、増刷は通常の出版行為では利益率の高い仕事になるが、2刷目で2000部以上の増刷ならとにもかくにも、500〜1000部程度の増刷が生じた場合、「増刷すると逆に出版社側は損をする(初版の利益を失う)」という矛盾した状態に陥るはず。こうなるともはや「商業出版」ではなく「自費出版」だ。


疑念A:増刷率の低さ
 次に気になったのが増刷率の低さだ。
○○社の『図書総目録』には増刷本に○印がついている。斜めに数えてみただけだが、増刷率は5%ほどだ。たしかに、出版界の置かれている現状は厳しい。しかし、初版5000部の本が増刷に至らないならとにもかくにも、初版500部程度の本がまったくといってよいほど増刷に至っていないということは、この出版社の体質―――本を売ることが主なのではなく、本をつくることが主である―――を露呈させていると言える。
 前述したように、初版2000部程度の出版物を扱う硬派の小出版社では、初版価格を若干抑えて定価設定し確実に増刷してモトをとろうと考えているところもある。しかし、増刷がほとんどされていないのに、担当者の言う「増刷なども加味して、総合的に算出」という論には大きな矛盾がある。
 また、増刷500部というのも「豪華本」でない限り効率が悪すぎる。書籍の場合、書店に並べるだけ、書籍広告だけでは売上が伸びるものではない。新聞・雑誌・テレビ・ラジオでの評価(話題)が売上に大きく影響する。多くの人に新刊の存在を知ってもらいたいと真剣に出版社が考えているならパブリシティー(広報宣材)として、通常、最低50部〜100部はマスコミ等に配布する。選定図書にならなくても、ある程度の良書なら図書館の蔵書となる。公立の図書館の本館だけでも全国には1600館、学校図書館(室)も含めると10000館もあるのだ。このような出版環境を考えてみても、一般書の初版500部というのは、あまりにも効率が悪すぎるし、「世に問うてみたい」本をつくって、初版500部で増刷率5%程度というのは、あまりにもひどすぎる。

 
疑念B:売れ残った本も会社の財産、と主張
私:「初版500部印刷して、もし売れ残ったら1年半後くらいには、いただけるのですか?」
担当者:「いえ、共同出版である以上、中野さんの書籍は、当社の資産でもあります。自費出版ではないので、お返しするというわけにはいかないんです。というのは、本というのは、新刊時に売れなくても、次にいつ売れるかわからない。次に、別の旅本に火がついたときに一緒に販売するということもできます。そういったチャンスを利用して、うちとしてはいつまでも売りつづけたいのです。ただ、どうしても著者がご必要ということであれば、定価の70%でお買い求めいただけます。」
私:「不良在庫として残った本も、最後の最後まで、定価の70%でしかわけていただけないのでしょうか?」
担当者:「当社には、不良在庫という考え方は一切ありません。本は、当社にある限り、大切なものとして、売り続けさせていただきたいんです。在庫を返す、ということであれば、それは何度も言うようですが、自費出版と何ら変わりなくなってしまいます。○○社は、共同出版でご提案している以上、最後の一冊まで、売るチャンスを狙いつづけ、中野さんの作品を広めつづけたいんです。それは、ご理解ください。」

 新刊書を厳しく良書に絞って長期戦に臨んでいる硬派な出版社が「いつまでも売り続けたい」というなら理解できるし、そういった出版社もあるだろう。しかし、年間に何百タイトルも新刊を発刊するような出版社にそのようなことができるのだろうか?(「後編」も参照) 在庫は資産となり課税対象となる。それだけではない。保管費用や場所代もかかる。また、書籍本体だけを保管すればよいのではない。替えカバー・替え帯・予備スリップなど「ツキモノ」と呼ばれているものも欠かさずに保管しなければならない。はたして増刷できない本ばかりつくり続けている出版社に、このような煩雑な作業ができるのだろうか? 
 著者から多額の費用を受け取り「共同出版」と銘打ったにもかかわらず、たった500部、出版直後に販売できなかった作品を、「いつまでも売り続けたい」「売るチャンスを狙い続け、作品を広め続けたい」と言う、その神経を疑う。「共同出版」で「販売プロジェクト」に出版社側は失敗したのだから、著者や作品のことを親身に思っているのだったら、売れ残った本や売れなかった本の出版権くらい、著者に有利に取り計らうのが普通ではないか?―――この出版社から出版したものの、入金後のあまりの対応の悪さと販売不振を理由に、他社からの再出版を考え、出版権を著者に戻してほしいと問い合わせたところ、条件として全在庫の買取を要求された―――という著者本人からの実名メール報告も寄せられている。

 
 ○○社の「共同出版」についての疑念は書き出せばきりがない。
C見積書に添付されてくる他の著者の新作。(売るのでなくサンプルとして消化?)
D初期投資が印税ではまず回収できない。(10000部なんて売れるものではない。例外的に売れた作品の話を持ち出すこと自体が不親切。第一、○○社の増刷情報を見ると3刷を超える作品は1%に満たない。)
E「乱発」としか言いようのない新刊点数。(新刊点数の割にヒット作が皆無に近い。著者にとって出版社・編集者とのお付き合いは新刊が出来上がるまでではないはず)
F契約を急がせる。(他社と比較検討させる余裕を与えない。「印刷所との契約上、間に合わない感じになっております」なんてウソ八百もいいところ)
G本のつくり。(文庫本というのは一度に数万冊印刷するから安くなるのであって、紙の使用量が少ないから安いわけではない。また、大手出版社の文庫本コーナーのように長期間書店に「常備」することで回転・リピートさせるのだ。それ以前に、同じ会社の文庫本なのに著名作家の文庫本と共同出版の文庫本では本のつくりが明らかに異なる。ただただ不良在庫の省スペース対策なのだろう。そのほかの単行本を観察していて気がついたのだが、売ってゆきたいと思われる本は大手上場企業で印刷製本し、それ以外の本は無名の印刷所と製本所で仕上げているようにも思える)

 
 とにもかくにも決定的に、私が○○社の「共同出版」は「作品をダメにする」と確信を持ったのは以下の説明である。


疑念H:著者営業活動に対する考え方
私:「著者自身で書店を回って注文を聞いてきてよろしいのでしょうか?」
担当者:「営業に関しては、ご協力いただくことは、もちろん当社としても歓迎いたします。ただ、その方法については、実際に営業活動開始という段になれば、営業部の方から様々なアドバイスをさせていただくことになると思います」(原文まま)
 
 どうすれば自分の本が売れるかということを1作ごとに学んできた。
 たとえ運良く新聞の記事として作品が大きく紹介されたとしても、本が書店に並んでいなければ売れるものではない。注文してまで本を手に入れようとする人は極めて少数派。たった500部売ることも大変なことなのだ。だから、著者自身の営業活動は重要だ。出版社が十分な営業活動を行ってくれても、著者自身の営業活動は不可欠だ。
 書籍の営業活動にはいくつかの方法がある。もっとも身近なのは著者による書店回り。
 もうひとつの営業は、「FAX同報」というシステム。出版社からのFAX情報を仕入れの参考にしている書店人は少なくない。著者の足で「注文短冊」をもらって回るのには限界がある。そこで全国約15000店の全書店、あるいは、書店を条件選択し一斉FAX送信をするというシステムだ。書店へのFAX送信を請け負う会社もある。また、『全国書店FAXデータ』というCDになったデータを購入し、データをPCに取り込みNTT回線で自宅から一斉送信する方法もある。(過去の作品でFAX同報を使用した経験があるが、1回のFAXで300〜600部の注文を取ることができた)
 ただ、無名の著者の無評価の作品の場合、FAX同報だけでは効果が期待できない。新聞広告などでの広報活動も併せて必要だ。新聞広告といっても「中面」の、それも「多くの本が小さく紹介されている」ような広告は、出版社の広告にはなっても、書籍そのものの広告とは言い難い。

 これらの経験と知識を基に、自著発行後の著者としての営業活動方針―――書店への独自の営業活動・FAX同報送信・全国紙の三八ツ広告―――を担当者に伝えてみた。
 すると、
担当者:「営業活動について、真剣にお考えいただいているようなので、こちらも、■■支社に在籍しております営業マンに事情を聞きました。書店営業は、通常の飛び込み営業と違って、特殊なものです。営業に行く時間帯や、書店による担当者の決め方、書店事情など。いくら著者でも、出版社以外の方が、返品条件可という条件で注文を取ってまわるのは難しいそうです。と、言いますのも、確かに書籍は、委託販売という形をとっていますが、出版社から書店に営業に行く場合、それは暗黙の了解であっても、『返品していいですよ』ということは口にしないそうです。それは、出版社にとっても書店にとっても不利益になることですから、避けたい状況なのです。そのため、著者が返品条件可という条件で、直接営業にまわることが、書店さんによっては良い顔をしない場合もあり、書籍の売上にマイナスに働くこともあるそうです。」(原文まま)
 
 担当者は、私の過去の出版活動歴までは調べていないようだ。だから、最初、私が行う営業活動を甘く予想していたのだろう。「近所の書店を回って挨拶して来るぐらいしかできないだろう」と。ところが、具体的かつ積極的な営業をする能力があるとわかると営業に対するアドバイスは180度といってよいほど変わった。書店営業についてのこの回答は明かにウソと断言できる部分も多く、○○社の方向性をもっとも露呈させた。
 これまでに本を出してきた出版社では著者の書店営業を歓迎こそしても制止するようなことはなかった。著者の営業活動を制止しようとしたのは、この○○社が初めてだ。
 ○○社は「オリジナルチラシ」(新刊ビラ)を著者に無料で差し上げます、と出版企画書の中に書いてある。「新刊ビラ」は、書店で注文をもらう時に使うためのアイテムだ。しかし、上記の説明からだと、まさに出版の記念品で、決してそのビラを持って書店に行って使用しないでください、という感じだ。
 たしかに、書店も大型化・チェーン化していて「仕入れは本部なので」と、あっけなく言われてしまう場合もある。しかし、著者が「1冊置いてください」と頼めば、取次経由で精算できる本であれば5冊くらい置いてくれるものだ。なぜなら、一部の書籍を除き「買い切りではないから」(返品ができるから)だ。

 ○○社の共同出版では、初版部数から書店価格を設定しているのではなく、売れない本に、出版を夢見る「まったく出版事情に疎い人」を納得させるための「見た目の書店価格設定」がなされている。ゆえに、中途半端に売れると出版社が損をすることになる、という推測は、間違いではないように思う。
 ○○社の共同出版は、素人作品初版500部販売することが困難なことを承知の上で、初版が完売しない程度に本が売れた時に出版社に最も効率的な利潤がもたらされるシステムなのだろう。

 もちろん、○○社の共同出版にもメリットはある。
 本をつくりたいという夢や野心は誰が抱いても自由なのである。
 カラオケで誰も耳を傾けてくれなくても熱唱できる人がいるように、何がなんでも本を出したい、作家気分を一度は味わってみたいという人にとっては、○○社の共同出版のシステムは、夢を叶えてくれる非常に優れた身近なシステムだと言える。
 
ポストカードブック
 出版費用が他の自費出版に比べ著しく高いというくらいなら、ここで私はわざわざ問題提起なんてしなかっただろう。
 きちんとした言論活動・表現活動をしたいという人には、お金の問題だけではなく「せっかくの大切な作品が殺されてしまいますよ!」ということを知ってもらいたかったのだ。
 
ポストカードブック
 読んだこともない出版社に原稿を持ち込むことが、そもそもの間違い。
 書く以上に本を読んで、もう少し出版界・出版社を研究してみてください。
 そうすれば、きっと道は開けてくるはず。
 こんな私でも、持ち込みで3作も発表してきたのだから……

選外作品でも他社から商業出版

中野吉宏

「共同出版 初級講座」を読む